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広島地方裁判所 平成4年(行ウ)3号 判決 1994年7月21日

原告

重森民夫

島末賛三

田村忠義

髙浅雄

高克利

髙平八郎

谷口辰美

北本信好

今村政弘

石井昌幸

西川鶴一

寺上伸之

原告ら訴訟代理人弁護士

恵木尚

下中奈美

原告ら訴訟復代理人弁護士

田上剛

被告

柴崎龍雄

岩田孝

被告ら訴訟代理人弁護士

馬淵顕

主文

一  原告らの請求のうち、被告岩田孝に対して怠る事実の違法確認を求める部分の訴えをいずれも却下する。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告岩田孝が、昭和六〇年六月一日から平成三年七月末日までの間、蒲刈町の発注した請負工事につき、各会計年度内に完成しなかった工事請負代金の預金利息を同町の出納帳に記帳しなかったことが違法であることを確認する。

2  被告らは各自、蒲刈町に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成四年一月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  前記2につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告らは、いずれも広島県安芸郡蒲刈町の住民であり、被告柴崎龍雄(以下「被告柴崎」という)は、昭和五五年から現在に至るまで同町長の地位にある者であり、被告岩田孝(以下「被告岩田」という)は、昭和六〇年から平成三年八月までの間、同町収入役の地位にあった者である。

2  違法な行為又は怠る事実

(一) 本件怠る事実

被告岩田は、昭和六〇年度から平成二年度までの間、蒲刈町が発注した請負工事が各会計年度内に完成しなかった場合、請負業者に支払うべき請負代金相当額を同町の正規の預金口座(以下「正規預金口座」という)から同被告名義の預金口座(以下「別途預金口座」という)に振替入金することによって、一般会計上、その支出が出納閉鎖期日(毎年五月三一日)までに済んだように処理し、他方、各年度の六月一日から現実に請負業者に請負代金を支払う日までの間、右金員を金融機関において運用し、それによって生じた預金利息等の利益(以下「本件預金利息等」という)を同町の出納帳に記載せず、議会に対する報告等も行わなかった。

(二) 本件違法行為

被告らは、共謀して、別表1のとおり、右(一)の預金利息等のうち合計四四八万七九一四円を別途預金口座から払い戻して横領し、その結果、蒲刈町に対し右同額の損害を与えた。

3  監査請求

原告らは、平成三年一〇月二八日、蒲刈町監査委員に対し、右2の行為について、その是正及び損害を補填するために必要な措置をするよう監査請求したが、同監査委員は、同年一二月二七日、請求に理由がない旨の監査結果を原告らに通知した。

4  よって、原告らは、地方自治法(以下「法」という)二四二条の二第一項に基づき、被告岩田に対し、本件怠る事実の違法確認を求めるとともに、蒲刈町に代位して、被告ら各自に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害額のうち金三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年一月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2について

(一) 同2の(一)のうち、別途預金口座の名義が被告岩田であるとの点は否認するが、その余は認める。右預金口座は「蒲刈町収入役」名義である。なお、かかる会計処理方法を「暗許」といい、会計年度独立の原則によって生じる財務上の不都合を避けるため、蒲刈町のみならず国、地方公共団体を問わず広く一般的に用いられている便法である。そもそも、暗許は財政上本来存在しないものであるから、同被告には、それによって生じた預金利息等を出納帳に記載する義務も、これを議会に対して報告する義務も存しない。

(二) 同2の(二)は否認する。昭和六〇年度から平成二年度までの間の本件預金利息等は、別表2のとおり合計三一八万〇五五八円であるところ、被告らは、別表3のとおり、右金員のうち二〇三万四〇五八円を別途預金口座から払い戻して、町長交際費や議会交際費で賄えない行政の円滑なる遂行のために必要な経費に使用したものであり、これを横領した事実は存しない。

3  請求原因3は認める。

三  抗弁

被告岩田は、昭和六三年一一月一六日に一四万五七五六円、平成二年一一月一四日に一三二万一一九四円、平成三年八月一四日に一〇万円、同月一九日に七一万二八六〇円、合計二二七万九八一〇円を別途預金口座に入金し、右口座からの払戻金額二〇三万四〇五八円を全額補填した。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三  証拠

本件記録中の証拠目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因1(当事者)は当事者間に争いがない。

二  同2(一)(本件怠る事実)について

1  同2(一)のうち、別途預金口座が被告岩田名義であったこと以外の部分は当事者間に争いがなく、証拠(乙二、三、被告岩田孝本人)によれば、右預金口座(広島銀行仁方支店普通預金 口座番号〇八〇〇二五二、呉農業協同組合普通貯金口座 口座番号〇九四一四四二)は「蒲刈町収入役岩田孝」もしくは「蒲刈町収入役」名義であったことが認められる。

2  ところで、原告らは、被告岩田に対し、本件預金利息等を出納帳に記載しなかったことをもって法二四二条の二第一項三号にいう「怠る事実」として、その違法確認を求めている。しかしながら、右出納帳への記載それ自体が財務会計行為に該当するか否かはさておき、同条項は、地方公共団体の執行機関又は職員に対し、個人としてその職務懈怠の責任を追及することを目的としたものではなく、職務懈怠の違法を確認することによって、その違法状態を除去し、もって地方自治体の財務の適法性を確保することを目的としたものであるから、必然的に、怠る事実の違法確認を求める相手方は、現に当該怠る事実にかかる権限を有している者に限られるというべきである。そうすると、被告岩田が現に収入役の地位にないことは当事者間に争いがないから、同被告に対して本件怠る事実の違法確認を求めることはできないというほかない。

3  したがって、原告らの本件請求のうち、被告岩田に対して本件怠る事実の違法確認を求める部分は、法の定める住民訴訟の類型に該当しない不適法な訴えというべきである。

三  請求原因2(二)(本件違法行為)及び抗弁(損害の補填)について

1  前記争いのない事実に証拠(甲二、三、六、八、乙一ないし三、四の1ないし25、五ないし七、証人中神好之、被告岩田孝及び同柴崎龍雄各本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次のとおりの事実が認められる。

(一)  蒲刈町では、被告岩田が収入役に就任する以前から請求原因2(一)記載のような会計処理を行っていた。それは、蒲刈町発注の工事を会計年度内に完成できないことが予想される場合に、未完成工事に対して請負代金全額を支払うことはできず、かといって、法の規定に基づき剰余金を翌年度の歳入に編入するものとすると、工事完成時点において、支払引当資金が存しないという事態を生じかねないため、かかる会計処理上の不都合を回避する便法として採用されたものであった。

(二)  右会計処理方法(これは、決算上表面に出すことができない経費を意味する財政上の隠語として「暗許」と呼ばれるやり方である)は、具体的には次のようなものであった。すなわち、請負工事が会計年度内に完成しなかった場合、収入役は、まず、一般会計帳簿(一般会計日計簿、一般会計歳入歳出整理簿)の上においては、出納閉鎖期日である毎年五月三一日までに請負代金の支払が済んだものとして処理し、右代金相当額を、正規預金口座から別途預金口座に振替入金した上、裏帳簿である工事金預り等補助簿に記載する。次に、請負業者から請負代金全額の領収証を徴求するとともに、右業者に対し、右同額の預り証を交付する。そして、別途預金口座に入金した請負代金相当額は金融機関において普通預金、定期預金、外貨預金及び中期国債ファンド等によって運用し、現実に当該請負工事が完成した時点において、請負業者に対し、先に交付した預り証と引換えに支払う。そのため、右請負代金相当額については、これを別途預金口座に入金した時点から右金額の払戻時点までの間に本件預金利息等が生ずることになる。

(三)  蒲刈町は、いわゆる暗許の方法による会計処理のため、同町収入役名義の別途預金口座を開設していた。被告岩田が収入役であった期間における別途預金口座の収入、支出の明細は別表2記載のとおりであり、被告岩田の就任した時点における本件預金利息等の残高と同被告が退任するまでの間の本件利息等との合計は同表利息合計欄記載のとおり三一八万〇五五八円である。

(四)  本件預金利息等は、主として被告柴崎の指示によって、被告岩田が、必要に応じて別途預金口座から引き出し、費消した。右金額は、別表3記載のとおり、合計二〇三万四〇五八円となった(もっとも、後記のとおり、別表3の番号8については、そのうち未使用の一四万五七五六円が戻されている)。

なお、原告らは、本件預金利息等のうち、被告らが引き出し、費消したものは、別表1記載のとおり、合計四四八万七九一四円であると主張する。しかしながら、まず、別表1と3を対照すれば、別表1の番号2は別表3の番号2と、別表1の番号4ないし7は、別表3の番号5ないし8と、別表1の番号10については別表3の番号9と同一であり、別表1の番号1の昭和六〇年度、番号3の昭和六二年度及び番号8の平成元年度の支出金額と重複していることが明らかであり、これらを被告岩田の引出金額に計上することはできない。次に、証拠(乙三、被告岩田孝本人)によれば、別表1の番号9は、被告岩田が、いったん預かった金額につき、担当課から事業量減少を理由に返戻を要請されてそれに応じたものと認められるから、右金額も同被告の費消した金額に計上することはできない。さらに、証拠(乙三、被告岩田孝本人)によれば、同被告は、平成三年五月二九日に八〇〇〇万円を別途預金口座から払い戻して中期国債ファンドによって運用し、同年七月一日に元金三〇〇〇万円と八〇〇〇万円に対する平成三年五月二九日から同年七月一日までの利息五二万二一〇三円との合計三〇五二万二一〇三円を、同月二九日に元金三〇〇〇万円を、同年八月二日に残額二〇三二万三〇一三円(元金二〇〇〇万円並びに五〇〇〇万円に対する同年七月一日から同月二九日までの利息及び二〇〇〇万円に対する右同日から同年八月二日までの利息の合計)をそれぞれ払い戻した上、別途預金口座に入金したものであることが認められるから、別表1の番号11の利息相当分を同被告が費消したものともいえない。

(五)  被告岩田は、昭和六三年一一月一六日、別途預金口座から払い戻した金員のうち、使用しなかった金額一四万五七五六円を同口座に戻し入れた。また、同被告は、平成二年一一月一四日に一三二万一一九四円(そのころ、倉橋町でいわゆる暗許が問題になった)、平成三年八月一四日に一〇万円、同月一九日に七一万二八六〇円(同月八日には蒲刈町でもいわゆる暗許問題が議会で取り上げられた)を、前記払戻金額の補填の趣旨で別途預金口座に入金した。

(六)  平成三年八月八日に開催された町議会において蒲刈町におけるいわゆる暗許の存在が初めて問題とされたが、それに対し、被告らは、本件預金利息等の払戻しはないとの答弁をした。また、被告らは、監査委員会からの照会に対し、六六万七一〇八円の支出があると回答した。なお、被告岩田は、右議会後間もなく入院した後、収入役を退任した。

別表1

番号

支出日時

支出金額(円)

備考

1

昭和60年度

450,000

別表2 昭和60年度払戻額欄

2

61.10.31

200,000

3

62年度

953,118

別表2 昭和62年度払戻額欄

4

63.7.26

53,118

5

63.9.1

300,000

6

63.10.1

300,000

7

63.11.11

300,000

8

平成元年度

438,667

別表2 平成元年度払戻額欄

9

2.5.31

92,700

10

2.8.2

438,667

11

3年度

961,644

3000万円の定期預金に対する平成3年5月29日から

同年7月29日まで(60日間)の利息分

合計

4,487,914円

別表2

収入

支出

預り金(円)

利息(円)

補填額(円)

支払金(円)

払戻額(円)

前年

0

265,133

昭和60年度

135,359,000

265,410

0

135,359,000

450,000

61年度

119,442,000

238,974

0

119,442,000

192,273

62年度

224,965,000

891,119

145,756

224,965,000

953,118

63年度

34,529,359

51,268

0

34,529,359

0

平成元年度

77,418,740

623,538

1,321,194

77,418,740

438,667

2年度

157,313,947

845,116

812,860

157,313,947

0

合 計

749,028,046円

3,180,558円

2,279,810円

749,028,046円

2,034,058円

別表3

番号

年度

払戻日

払戻金額(円)

備考

1

S.60

S.61.5.27

250,000

2

10.31

200,000

3

61

62.5.23

60,000

4

7.13

132,273

5

62

63.7.26

53,118

6

9.1

300,000

7

10.1

300,000

8

11.15

300,000

同日払い戻した1530万円のうち請負業者に支払った

1500万円を控除した残額

9

H.1

H.2.8.2

438,667

合計

2,034,058円

2  そこで検討するのに、被告らは、本件預金利息等(これが公金であり、その支出につき違法の問題が生じ得ることは明らかである)のうち二〇三万四〇五八円を引き出し、そのうち未使用分として返戻した一四万五七五六円を除く一八八万八三〇二円を費消したものであるが、その使途については、中元、歳暮、各種団体の研修旅行の補助金、博覧会開催のための運動費等の交際費に使用したと供述するものの、いずれもその具体的内容は明らかにせず、やや不明朗な感は拭えない(被告柴崎も、町の事業の円滑な施行のため、代議士を含む公務員に対して運動費を使用したことを示唆している)。しかしながら、ともかく、被告岩田によって、右金額を超える金員が補填されているのであるから、蒲刈町に損害は生じなかったことになるというほかない。また、被告らが行った暗許と称される会計処理についても、法の根拠を持たないものではあるが、それ自体としては、同町に損害を与えるものではない。したがって、被告らが同町に対して損害賠償義務を負うことはないというべきである。

四  結語

以上のとおりであるから、原告らの本件請求のうち、被告岩田に対して本件怠る事実の違法確認を求める部分の訴えはいずれも不適法であるからこれを却下し、被告らに対して損害賠償を求める部分についてはいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林正明 裁判官喜多村勝德 裁判官角井俊文)

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